ポルシェ×東京大学がトラクターをレストア!? ものづくりが好きな若者向けプログラム「LEARN with Porsche」にポルシェが参画する理由【Behind the Product #15】
学校教育とは異なるさまざまな学びを提供する「LEARN」とは
フェルディナント・ポルシェの長男であり、父とともにポルシェの創設に尽力したフェリー・ポルシェは、1948年、今日の「911」へと続くスポーツカーの源流「356.001(No.1)」を発表した際、次のようなコメントを残しています。
「Am Anfang schaute ich mich um, konnte aber den Wagen, von dem ich träumte, nicht finden. Also beschloss ich, ihn mir selbst zu bauen.――私は自らが理想とするクルマを探したが、どこにも見つからなかった。だから自分でつくることにした」

それから75年余りが経過した現在、理想とするスポーツカーをつくるのはいうに及ばず、ものづくり全般において“個人が何かを創造すること”は容易なことではありません。もちろん、“会社を興してつくる”ことも、“自らの手でつくる”ことも、同じく容易なことではありません。
しかも現在は、そうした夢へとつながる情熱を抱くことさえ難しい時代。また、農業や工業といった手仕事全般に通じる知識や経験を得ることも、難しい社会になっています。
そんな時代だからか、東京大学先端科学技術研究センター「個別最適な学び研究」寄附研究部門が運営・展開している「LEARN」プログラムでは、実にユニークな取り組みがおこなわれています。
本記事でフォーカスするのは、学校教育とは異なるさまざまな学びを提供する「LEARN」プログラムの中でも特に興味深いもの。タイトルはズバリ“ものづくりが好きな若者向けのプログラム 工業や農業に興味のある中高生あつまれ 「ポルシェで耕せ 〜’60年代の空冷ポルシェを整備して小麦畑を耕し、ものづくりの面白さを感じる5日間〜」”です。
「LEARN」とは、Learn Enthusiastically(熱心に学び)、Actively(積極的に)、Realistically and Naturally(現実的かつ自然に)の頭文字からとった名称で、学びの面白さや自由さを気づいてもらうことを目的としています。
また2021年からは、ポルシェジャパンがCSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)活動の一環として同プログラムに参画。「LEARN with Porsche」と銘打って、夏休み期間中に「ものづくりプログラム」と「サマープログラム」を開催しているのです。
“ポルシェで耕せ~”は前者に当たり、昨2023年からスタート。2024年は北海道・帯広に近い清水町を舞台に、7名の高校生が参加して実施されました。
道東・帯広周辺といえば十勝平野で知られるとおり、大規模農業が盛んなエリア。ポルシェとどんな関連があるのか、また“ポルシェで耕せ~”とは、どんな意味なのか、疑問に思われる方も多いことでしょう。
そのヒントは歴史にあります。
今日では世界屈指のスポーツカーメーカーとして知られるポルシェですが、1931年の設立時は、自動車の開発やコンサルティングを手がける設計事務所として創業。第二次世界大戦前には、多くのレーシングカーのほか、フォルクスワーゲン“ビートル”の開発を担ったことでも有名です。
さらに、生産はされませんでしたが、小型トラクターの設計もおこなっていました。このトラクターは戦後の1950年代から’60年代にかけて、グループ企業であるポルシェ・ディーゼルモトーレンバウGmbHが製造・販売を手がけました。そして少数ではありますが、日本にも井関農機の手により上陸しています。
そう、今回の“ポルシェで耕せ~”プログラムで整備する’60年代の空冷ポルシェとは、「356」でも「911」でもなく、このポルシェ製トラクターなのです。
2023年のプログラムでは、“空冷ポルシェ”と聞いてスポーツカーを想像した参加者も多く、現地で対面してみてびっくり……といった光景も見られたのだとか。もちろん、不動状態のトラクターを自らの手で分解・整備しながら仕組みを学び、エンジンがかかった際には参加者、指導する大人たちも大いに感動したそうです。
では、2024年のプログラムはといえば、どうにか可動状態となったトラクターを本来の目的、すなわち、農作業をおこなえるよう整備・レストアを施し、実際に畑に持ち込んでみよう、という内容です。果たして、5日間で彼らの目的はかなったのでしょうか。
●先人の厳しい口調が学生たちに気づきを与える明快なアドバイスに
2024年の“ものづくりが好きな若者向けのプログラム 工業や農業に興味のある中高生あつまれ 「ポルシェで耕せ 〜’60年代の空冷ポルシェを整備して小麦畑を耕し、ものづくりの面白さを感じる5日間〜」”の舞台となったのは、清水町在住の田中次郎さんが営む「森の馬小屋」。
整備の詳細については、トラクターの専門家である池田猛さんが指導やサポートを担当し、「LEARN」プログラムを率いる東京大学先端科学技術研究センターのシニアリサーチフェローである中邑賢龍先生、さらに、研究室のメンバーたちもサポートに当たりました。
プログラムに参加したのは、高校1年から3年までの男子5名と女子2名の合計7名。農業やものづくりに興味を抱いて参加したのはいうまでもありませんが、高校生ゆえ、全員がトラクターや機械類に対する専門知識を有しているわけではありません。
また、2024年のプログラムでは、中邑先生が学生たちにひとつのルールを科しました。それは「学校名や年齢を互いに明かさない」というもの。さらに、プログラムに筋書きは用意されておらず、天気や進捗状況次第では農作業を実体験できるか否かは未知数であるとも伝えられました。参加した高校生たちにしてみれば、かなり不安要素の多い内容だったことは想像に難くありません。
筆者(村田尚之)が現地を訪れたのは、プログラムの3日目と4日目。参加者たちは、凹みやゆがみのあるボンネットの修復、そして、うまく動作しないギアボックス内の流体クラッチや効き具合がイマイチなブレーキの整備を、2グループに分かれておこないました。
工具を扱うのは初めて、という参加者もいるなか、整備は着実に進んでいった様子。ゆがみのあったボンネットは板金されてパテが塗られ、流体クラッチやブレーキもしっかりと汚れが落とされ、組みつけが進んでいきます。

とはいえ、時には学生どうしが作業の手順に悩んだり、工具の使い方が怪しかったりといったシーンも多々見られました。そんななか、池田さんは全体の作業を見ながら部品の機能や整備方法をアドバイスしつつ、学生たちの疑問や質問にごく自然にヒントを与えていきます。
また、経験のない学生たちが工具の使い方を間違えたり、作業手順を誤ったりすると、田中さんが容赦なく大きな声で学生たちをしかるシーンも見られました。
近年は教育現場に限らず、人を指導する際の接し方が問題になることも少なくありません。しかし、バーチャルな世界ではなく、手を動かす実作業の場合、一瞬の判断ミスが事故やケガにつながることも。田中さんは状況を見て、必要であればかなり厳しい口調でしかっていましたが、学生たちもそうした田中さんの言動から状況の深刻さや真剣さを把握し、納得している様子でした。
田中さんの”おしかり”は、男女の別なくという塩梅でしたが、しかられたからといって落ち込むような素振りを見せる学生は皆無。逆に、「これまで本格的な工具には触れたことがない」と声をそろえていた女子2名などは、「電動工具の使い方をマスターしたい!」、「できれば溶接にも挑戦してみたかった」と話すほど、プログラムを満喫している様子でした。
「怒る」と「しかる」が混同されがちな昨今ですが、田中さんの厳しい口調は学生たちに気づきを与える明快なアドバイスであり、その巧みなサジ加減は経験豊富な大人ならではのものだと感じました。
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