初代「ルーチェ」の礎となったベルトーネ関与の「S8P」を展示! マツダデザインの歴史を伝える「貴重なコンセプトカー」の真実とは
初代「ルーチェ」の礎となった「S8P」が注目の的
クラシックカーを中心とした自動車文化を愉しむイベント「オートモビルカウンシル2025」において、マツダは後に誕生する市販車の礎となったエポックなコンセプトカーを複数展示しました。

今回、マツダが掲げた展示テーマは「MAZDA DESIGN STORY “心を揺さぶる、モノづくりへの追求”」。ブースにはマツダが市販した各モデルの礎となったコンセプトカーが複数展示されましたが、なかでも最大の目玉となったのが初代「ルーチェ」の原点となった「S8P(エスハチピー)」です。
「S8P」は、当時のマツダがイタリアのカロッツェリアであるベルトーネ社にデザイン監修を委託して生まれたデザインコンセプト。ベルトーネ社で手がけたのは、後の巨匠、若き日のジョルジョット・ジウジアーロ氏だったそうです。
多くのコンセプトカー、特に市販車開発に活用されるものは、商品化された後に廃棄されてしまうのが一般的ですが、「S8P」は近年、マツダの倉庫から発掘されたことで、再び日の目を見ることになりました。それだけ当時のマツダ関係者に影響を与えたクルマだったのでしょう。
1966年に市販された「ルーチェ」セダンは、レシプロエンジンを搭載する後輪駆動車でしたが、驚くべきことに「S8P」は、400cc×2の2ローター・ロータリーエンジンを搭載する前輪駆動車でした。ちなみに「S8P」のメカニカルコンセプトは、1969年10月に誕生する高級パーソナルクーペ「ルーチェ ロータリークーペ」で具現しています。
「S8P」は構造上の違いなどもあって初代「ルーチェ」とはディテールが異なっていますが、その多くの特徴が市販モデルにも活かされていたことが分かります。
展示されていた「S8P」は4枚のドアの開閉が可能で、インテリアもしっかりとつくりこまれていました。ダッシュボードの雰囲気は市販された初代「ルーチェ」に近いものであることが分かります。
●ジウジアーロ氏も絶賛した「ユーノス500」
マツダは「S8P」以外にも、近年、発表された3台のコンセプトカーを展示しました。
「東京モーターショー2005」に出展された「先駆(せんく)」は、大型の電動両側スライドドア“フライングウィング”を備えた、超ロングホイールベースの4シーターロータリークーペ。
“シャープネス&メローネス”をコンセプトとした流麗なボディデザインも特徴で、「先駆」のデザインは後のマツダのデザインテーマ“Nagare(ながれ)”に影響を与えたといわれています。
そのほか、現在のマツダ車人気の礎となったデザイン哲学“魂動(こどう)-SOUL of MOTION”を象徴する2台のコンセプトカー「VISION COUPE(ビジョン クーペ)」と「魁CONCEPT(カイ コンセプト)」も展示されました。
ひと目見て分かるとおり、「魁CONCEPT」は現行の「マツダ3 ファストバック」の原点といえるもの。「魁CONCEPT」には、「マツダ3」にこんな高性能バージョンがあってもいいのでは? と想像させるパワーがみなぎっています。
残念ながら「VISION COUPE」は市販モデルへと昇華していませんが、現行の上級モデルに使われる後輪駆動のラージプラットフォームを活用すれば、決して不可能な夢ではないのでは? といった妄想が膨んできます。
「オートモビルカウンシル2025」のマツダブースには、往年の市販車も1台だけ展示されていました。それが、1990年代のマツダのデザインテーマである“ひびきのデザイン”を体現したコンパクトな上級サルーン「ユーノス500」です。
バブル期に開発された車両ということもあり、1.8リッターと2リッターのV6エンジンも設定されていた贅沢なモデル。日本仕様は1995年に生産を終了しますが、欧州やオーストラリアでは人気の高さから1999年まで販売が継続されました。
そのデザインは、かのジウジアーロ氏が「小型車クラスでは世界で最も美しいサルーン」と絶賛したといわれています。
今回展示された「ユーノス500」は、「マツダミュージアム」が管理する2リッターV6エンジン搭載車で、内外装とも美しい状態を保っていました。
薄いヘッドライトや美しい面が連続するエクステリアのデザインは現代のモデルに通じる部分があり、当時としては先進的であったことがうかがえます。一方、シンプルで美しいインテリアのデザインは、最新のマツダ車とも重なります。
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「オートモビルカウンシル2025」のマツダブースは、同社のデザインの歴史と伝統を感じられる貴重な展示となりました。
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