シャークはなぜ“ダイソン一強”を崩せたのか? 新コードレス掃除機「PowerClean 360 PRO」に見えた日本市場攻略の本質【家電で読み解く新時代|Case.46】
2018年、シャークはまだ“日本に合う掃除機”ではなかった
いま、家電量販店のコードレススティック掃除機売り場に行けば、Sharkの名前を見ないことはほとんどない。
かつて日本のコードレススティック掃除機市場といえば、まず思い浮かぶのはダイソンだった。強い吸引力、サイクロン技術、独自のデザイン。ダイソンは、日本の掃除機市場に“海外ブランドの高性能コードレス”という新しい価値観を持ち込み、多くのユーザーの支持を集めた。
その意味で、シャークが日本に本格上陸した2018年当時、同社は完全な後発ブランドだった。知名度も、売り場での存在感も、ダイソンとは比較にならなかった。
筆者はそのタイミングで、当時の日本法人社長であるゴードン・トム氏にインタビューしている。そのとき語られていたのは、日本市場の難しさだった。
日本のユーザーは、製品の良さを見抜く力がある一方で、使い勝手に対して非常に細かい。少しでも不満があれば、はっきりとそれを感じ取る。だからこそ、日本で成功するためには、単に海外で売れている製品を持ってくるだけでは足りない。

正直に言えば、当時のシャークの掃除機は、まだどこか“マッチョ”だった。
米国ブランドらしいパワフルさや合理性はあった。折れ曲がるパイプ、強い吸引力、独自の機構。製品としての個性は十分だった。しかし、日本の住環境や、日本人の毎日の掃除習慣に完全に寄り添っていたかといえば、まだ発展途上だったと思う。
部屋は広くない。家具と家具のすき間も多い。掃除機は納戸にしまい込むものではなく、気づいたときにサッと手に取れる道具であってほしい。見た目も重要だし、重さも気になる。
ゴミ捨てのしやすさ、髪の毛の絡みにくさ、壁際の取り残し、家具下への入りやすさ。日本のユーザーは、そうした“小さな不満”を想像以上に敏感に感じ取る。
当時のシャークは、そこに向き合う入口に立ったばかりだった。

ダイソン一強を崩したのは、派手なスペックではなく“小さな不満”への執念だった
シャークがここまで日本市場で存在感を高めた理由は、単に「吸引力が強かったから」ではない。
もちろん掃除機において吸引力は重要だ。だが、家電の世界では、スペックだけで長く支持されることは難しい。特に掃除機のように毎日使う道具は、使ってみた瞬間の納得感がものを言う。
軽い。持ちやすい。置きやすい。ゴミが捨てやすい。髪の毛が絡みにくい。家具の下に入る。見えないゴミが見える。壁際で吸い残しにくい。そうしたひとつひとつの実感が、口コミになって広がっていく。
シャークの強さは、まさにそこにある。
日本上陸時のインタビューで印象的だったのは、同社が日本国内で家庭内テストを重ね、少数の不満にも耳を傾けていたことだ。
たとえ50軒のうち2軒だけが気にした点であっても、それが生活の中で本当にストレスになるなら拾う。製品側で解決できるなら、次のモデルで形にする。そうした姿勢が、当時から見えていた。
これは、言うのは簡単だが、実行するのは難しい。
メーカーにとって、製品開発には常に制約がある。コスト、重量、サイズ、デザイン、製造工程、耐久性、販売価格。ユーザーの声をすべて聞いていたら、製品は複雑になり、価格は上がり、発売スケジュールも遅れる。だから多くのメーカーは、どこかで割り切る。「多くの人が満足しているなら、これでいい」と判断する。
それはビジネスとして間違ってはいない。むしろ合理的だ。
しかし、シャークはその“割り切り”の位置が違っていた。わずかな不満であっても、それが次の製品をよくするヒントになるなら拾う。ユーザーがまだ言語化できていない不満でさえ、製品開発の中であぶり出そうとする。
この愚直さが、結果的に“ダイソン一強”と見られていた市場構造を崩す力になったのだと思う。

新製品「PowerClean 360 PRO」は、シャークの8年分の答え合わせだ
今回発表された「Shark PowerClean 360 PRO」は、シャークのコードレススティック掃除機における最上位パワーコードレスモデルである。
発表会では、新たなパワフルモーターを採用することで、吸引力が前モデル比で20%アップしたことが説明された。これはわかりやすい進化だ。掃除性能を重視するユーザーにとって、吸引力の向上は大きな魅力になる。
ただし、この製品だけを見て「吸引力が上がったからすごい」と語るだけでは、PowerClean 360 PROの本質は見えてこない。
むしろ注目すべきは、そこに存在しないだろうと思われた“掃除の死角”を、シャークが自らあぶり出していることだ。
壁際、床の溝、家具の下、カーペット、そして掃除機を手前に引いたときのわずかな取り残し。多くの人が「まあ、掃除機とはそういうもの」と見過ごしてきた小さな不満を、シャークはひとつずつ拾い上げている。
発表会では、幅1cm、深さ1cmという、一般家庭にはまず存在しないような溝を用意してデモが行われた。率直に言って、あそこまで極端な環境は普通の家にはない。だが、だからこそ意味がある。
あり得ないほど厳しい条件でゴミを取れることを見せることで、日常の掃除で起こる“ちょっとした取り残し”に対して、どれほど真剣に向き合っているかを示していた。
これは、単なるデモンストレーションではない。シャークがどこまで掃除の死角を疑っているかを見せる場だった。

「もう少し引けば取れる」を、ユーザーのせいにしない
今回、筆者が最もシャークらしさを感じたのが、新たに採用された「アクティブシールフラップ」だ。
前モデルのPowerClean 360にも、掃除機を後ろに引いたときにゴミを吸い取る仕組みは搭載されていた。実際、前モデルを見たとき、筆者は「ここまで来れば十分ではないか」と感じていた。
前に進めても、後ろに引いてもゴミが取れる。壁際にも強い。家具の下にも入りやすい。コードレス掃除機として、かなり完成度が高かった。
だが、今回の発表会で語られたのは、その“十分”の先にある話だった。
前モデルでも、確かに後ろ方向からゴミは取れる。ただし、ユーザーの動かし方によっては、もう少し後ろに引かないと取り切れないケースがあったという。つまり、製品としては取れる。しかし、完全に取るためには、ユーザー側に少し余計な動作を求めていた。

多くのメーカーなら、ここで「もう少し引いてください」で終わるかもしれない。
だが、シャークはそこをユーザーの責任にしなかった。
PowerClean 360 PROでは、フラップ構造を見直し、面で開閉するアクティブシールフラップへと進化させた。後ろに引いたときにゴミの通り道をより広く確保しながら、5つのブロックによって密閉性も担保する。つまり、ゴミが入りやすく、なおかつ吸引力が逃げにくい構造にしたわけだ。
前モデルが「ちゃんと引けば取れる」だったとすれば、新モデルは「いつも通り引くだけで取れる」に近づいた。
この差は、スペック表では伝わりにくい。しかし、毎日掃除機を使う人にとっては非常に大きい。家電の本当の進化とは、こういうところに宿る。

軽さで認知を獲得し、掃除性能でブランドの奥行きを見せる
シャークが日本市場で一気に存在感を高めた大きな理由のひとつは、EVOPOWER SYSTEMシリーズの成功だろう。
軽く、扱いやすく、収納しやすい。コードレススティック掃除機に求められる日常性を、非常にわかりやすい形で提示した。日本の住環境では、掃除機は“週末にまとめて使う大きな道具”ではなく、“気づいたときにサッと使う生活道具”になっている。シャークは、その文脈をうまくつかんだ。
一方で、今回のPowerClean 360 PROは、軽さだけを追うモデルではない。むしろ、徹底的にゴミを取りたい、掃除性能を重視したいユーザーに向けたフラッグシップである。
ここが面白い。

シャークは「軽い掃除機」のイメージで認知を広げた。しかし、そこで終わらなかった。軽さで入り口をつくり、次に掃除性能でブランドの奥行きを見せにきている。
これは、起業家の視点で見ても非常に興味深い。
ブランドが成長するとき、ひとつの成功イメージに縛られることがある。シャークで言えば、「軽い」「扱いやすい」というイメージだ。それは大きな武器だが、同時にブランドの限界にもなり得る。
もしシャークが軽量モデルだけを磨き続けていたら、掃除性能を重視する層には届きにくかったかもしれない。逆に、パワーだけを前面に出していたら、日本の住環境には合わない“大味な海外ブランド”のままだったかもしれない。
シャークの巧さは、軽さとパワーを対立させなかったことにある。軽さで日常に入り込み、パワーで信頼を深める。これは、ブランド戦略として非常に理にかなっている。
自動ゴミ収集ドックの進化にも、シャークの性格が出ている
PowerClean 360 PROでは、本体だけでなく、自動ゴミ収集ドックも進化している。
従来比約2倍となる約60日分のゴミを収集できるようになっただけでなく、新たにフィルターケア機能を搭載した。本体からドックへゴミを吸い出すだけでなく、本体側のモーターを逆回転させることで、フィルターに付着したホコリやゴミをアクティブに排出するという。

掃除機において、フィルターの目詰まりは地味だが重要な問題だ。最初はよく吸っていても、使い続けるうちに性能が落ちる。その原因のひとつがフィルターの汚れである。だから、吸引力を高めるだけでなく、その吸引力をどう長持ちさせるかまで考える必要がある。
シャークはそこにも手を入れている。
しかも、発表会では従来約15秒だった一方向の自動ゴミ収集に対して、新モデルでは「吸って、吐いて」の工程を含めて約10秒に短縮されたことも説明された。単に機能を増やすだけではない。動作時間や使い勝手にも配慮している。
こうした改善は、広告の主役にはなりにくい。派手なキャッチコピーにもなりにくい。だが、毎日使う家電においては、こういう地味な改善こそ効いてくる。

PowerClean 360 PROの進化を見ていると、シャークというメーカーが、掃除機を“買った瞬間の性能”だけでなく、“使い続けたときの性能”まで考えていることがわかる。
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