カウンタックにF40、ミウラにテスタロッサ…クルマ好きなら憧れるスーパーカーはなぜ「イタリア車」が多い? フェラーリ&ランボだけじゃないその理由とは
「スーパーカー」といえばイタリア!その奥深い理由は…
厳密な定義こそありませんが、圧倒的なパフォーマンスと美しいスタイリングをあわせ持ち、なおかつ人々のあこがれの対象になるクルマを「スーパーカー」と呼ぶことは、多くのユーザーが同意するところだと思います。
そんなスーパーカーの2大巨頭となっているのが、フェラーリとランボルギーニです。
この両ブランドは、どちらもイタリア北東部のエミリア=ロマーニャ州を本拠地としており、その距離はわずか30km程度しか離れていません。
そのため、エミリア=ロマーニャ州周辺にはさまざまな自動車関連企業が拠点を置いており、現在では「モーターバレー」と呼ばれる一大工業地帯となっています。

ランボルギーニは、トラクターメーカーの社長であったフェルッチオ・ランボルギーニ氏がフェラーリの創業者であるエンツォ・フェラーリ氏に対抗するかたちで立ち上げたブランドであり、両者のライバル関係はいまなお語り草となっています。
しかし、イタリア、特にエミリア=ロマーニャ州でフェラーリやランボルギーニのようなスーパーカーブランドが発達したのは、単なる偶然ではありません。
イタリア最長の河川であるポー川の流域に位置するエミリア=ロマーニャ州は、その肥沃な土壌を活かした農業地帯として古くから栄えていました。
農業の発展に合わせて、農機具を製作したり修理したりする職人も多く存在していました。
また、エミリア=ロマーニャ州の州都であるボローニャには、世界最古の大学であるボローニャ大学があり、1088年の設立以来多くの優秀な頭脳を輩出してきました。
こうした土壌があったうえで、20世紀初頭になり第二次世界大戦が本格化すると、ミラノやトリノといった大都市にあった工場がエミリア=ロマーニャ州へと移転します。
また、イタリア初の航空機メーカーであるカプロニもエミリア=ロマーニャ州に拠点を置いたことで、この地でさらに高度な金属加工技術が育つこととなりました。
戦後になり軍需産業が解体されると、航空機関連の技術者たちが自動車産業へと流れ込んだことで、エミリア=ロマーニャ州が「モーターバレー」と呼ばれるようになった基盤ができあがりました。
こうした土壌のうえに、エンツォ・フェラーリ氏とフェルッチオ・ランボルギーニ氏という稀代の天才が誕生したことで、この地域がスーパーカーの聖地となったわけです。
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