まもなくトヨタ新型「プリウス」世界初公開! 未来を変えた先駆者 初代プリウスってどんなクルマだった?
プリウスが人気車種となったのは2003年登場の2代目から
とにかく、今、その内容を精査すれば、新しい技術ばかり。トヨタがいかに力を入れて初代「プリウス」を開発したかのが理解できます。
そして、そんなトヨタの努力は専門家にも高く評価され、初代「プリウス」は、1997-1998年の日本カー・オブ・ザ・イヤーを獲得します。わかる人にはわかってもらえたのです。

しかし、世の中にはわかる人ばかりではありません。実際のところ、わからない人のほうが多いもの。そして、25年前、当時、30代に入ったばかりの筆者もわからない人の一人でした。
何がわからないかと言えば、まず環境性能を追求することがピンときていません。ハリウッドのセレブ達が「プリウス」に乗って、アカデミー賞授賞式に参加するのは、2代目「プリウス」の時代。初代の誕生は、それよりも5年以上も前です。
京都議定書の採択は1997年にありましたが、地球温暖化を肌感覚で感じていた人は、ごく少数派。一般人の大多数は、「環境に配慮が必要」「配慮することが格好良い」とは思っていませんでした。
その証拠に、初代「プリウス」の前後に日本カー・オブ・ザ・イヤーを獲得していたのは、最高出力280馬力を誇るイカツイ顔の三菱「レグナム」であり、「レビン/トレノ(AE86)」の再来と呼ばれたトヨタ「アルテッツァ」です。まだまだ、走り系で燃費の悪いクルマが人気者になっていた時代だったのです。
そして動力分割機構の理屈も、正直、当時はさっぱりでした。しかも、仕組みが理解できていないのに、運転をしていると、アクセル操作に関係なく、エンジンがかかったり停まったりしますから、ナゾ感は強まるばかり。その上、走らせると初代「プリウス」は遅かったのです。
1.5リッター・エンジンの馬力はわずか58馬力。30kW(約41馬力)のモーターを積んでいましたから、2つを足せば99馬力になります。ところが、THSは2つの動力を完全にプラスすることができません。
また、初代「プリウス」は車両重量が1240㎏もありました。一方で、当時の「カローラ」は950㎏で100馬力ほど。つまり、初代「プリウス」はパワーがないうえに重いのですから、走らなくても当然。さらに電動パワーステアリングも採用されたばかりの新技術ですから、そのフィーリングもいまいちです。
そして、極めつけに理解できなかったのは新世代パッケージです。ボンネット部が短いのに、キャビンばかりが大きい独特のスタイルは、「格好悪い」としか思えませんでした。
つまり、必要性が理解できていないうえに、ハイブリッドという新技術も理解できていません。走らせてみれば、遅いし、フィーリングも最悪。そして、何よりも格好悪い。「こんなの買う人いるの?」と思ったのは、筆者だけではないはず。なぜなら、トヨタ肝いりの新型モデルであり、日本カー・オブ・ザ・イヤーを獲得したのに、初代「プリウス」はヒットモデルとはならなかったのです。
1997年と1998年は、年間販売ベスト10までしか記録が残っていませんが、当然、初代「プリウス」はランク外。1999年以降は30位までの記録がありますが、やっぱりランキング外。「プリウス」がランキングに入ってくるのは、2003年のフルモデルチェンジで2代目となり、さらにハリウッドスターたちが乗り回すようになるまでの、おあずけとなっていたのです。
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