マツダ広島本社でおしゃれなクロスオーバーSUVを実車展示! 最新モデルへと続く「CX」シリーズの源流「CX-7」ってどんなクルマ?
時代を先取りしすぎた悲運の背景
マツダの情熱と当時の最新技術が注ぎ込まれた「CX-7」でしたが、日本市場でのセールスは苦戦を強いられ、2011年12月に国内向けの生産を終了。日本では1世代限りで姿を消すことになります。
なぜこれほどのモデルが当時、広く受け入れられなかったのか? そこには「時代が早すぎた」といわざるを得ない複数の要因がありました。
第1の要因は、大きすぎた全幅が挙げられます。全長4680mm、全幅1870mm、全高1645mmというボディサイズで、なかでも1870mmというワイドな全幅は、当時の日本の道路事情や都市部の立体駐車場などでは大きすぎると評価されました。現在でこそ全幅1800mm超のSUVは珍しくありませんが、2006年当時は多くの人が躊躇してしまうサイズ感だったのです。
第2の要因は、本格的なSUVブームの前夜、という市場環境がありました。当時は現在のような、スタイリッシュな都市型クロスオーバーSUVというジャンル自体が、まだ十分に浸透していませんでした。環境が整う前段階において、スポーツカーの走りとワイドボディを融合させた「CX-7」は、ユーザーにとって利用シーンを想像しにくい存在だったのです。
そして第3の要因が、フラッグシップモデルゆえの価格帯と燃費性能という課題です。マツダにおける最上級クロスオーバーとして、当時としては最新の安全性能や快適装備を盛り込んだ結果、車両本体価格(当時)は295万円〜366万円となり、ユーザーにとってはやや割高に映りました。

また、ハイオク仕様のハイパワーターボがもたらす10・15モード燃費8.9〜9.1km/Lという数値は、その後のエコカー減税やハイブリッド車の台頭といった省燃費時代への急激な変化の中で、逆風を受けることになってしまったのです。
●最新の「CX」シリーズへ受け継がれた偉大なる遺伝子
しかし、「CX-7」が遺した足跡は、マツダにとって決してムダではありませんでした。このモデルでマツダが培った、クロスオーバーSUVであっても走る歓びは妥協しないという哲学とパッケージングのノウハウは、遺伝子として次世代モデルへと受け継がれることになります。
その結晶が、2012年に登場し、“スカイアクティブ技術”と“魂動-SOUL of MOTION-”を初採用して世界的な大ヒットモデルとなった初代「CX-5」であり、現在のマツダの基幹となっている「CX-30」、「CX-60」、「CX-80」など「CX」シリーズの強固なラインナップなのです。もし「CX-7」という先駆者がなければ、現在のマツダSUVの成功はなかったかもしれません。
今回の本社ショールームでの特別展示には、そんな挑戦の歴史の原点にスポットライトを当て、最新モデルまでの「CX」シリーズの進化を体験してもらおうという狙いが込められています。新車のように美しく蘇ったその筋肉質なプロポーションからは、時代を先取りした開発陣の色あせない情熱と、走る歓びにかけるマツダの本気が伝わってきます。
現在の洗練されたSUVラインナップのルーツを探る意味でも、今こそその再評価したい記念碑的なモデルといえるでしょう。
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