「アメ車、カッコいい!」なのになぜ日本じゃあまり見かけない!? “デカすぎる”ってだけじゃない アメリカ車が日本市場で苦戦する理由とは
「アメリカ車」は日本で売れない?その歴史的な背景とは
日本自動車輸入組合(JAIA)によれば、2025年度に新規登録された輸入車(日系ブランドをのぞく)は前年比103.4%となる23万6166台でした。
一方、そのうちアメリカ系ブランドが占める割合は、およそ10%程度にとどまっています。
なぜ、アメリカは世界有数の自動車大国であるにもかかわらず、日本市場における存在感がこれほどまでに薄いのでしょうか?
その背景には、日米自動車産業の長きにわたる争いの歴史が大きく関係しています。
アメリカの自動車産業は1950年代の時点ですでに世界をリードしており、当時の日本を走るクルマの多くがアメリカ車でした。
しかし、その後の高度経済成長期に大きく躍進した日本の自動車メーカーたちは、1960年代から1970年代にかけてアメリカへの輸出を開始します。
当初は技術的な課題も多く苦戦を強いられた日本車ですが、その耐久性や経済性が次第に認められるようになり、北米市場におけるシェアを増やしていきます。
その結果、1980年代にはトヨタやホンダ、日産といった日系ブランドが北米市場を席巻し、ゼネラル・モーターズ(GM)やフォード、クライスラーといったアメリカの伝統的な自動車メーカー(ビッグ3)は極度の経営危機におちいることとなりました。
そうした状況を打開するべく、ビッグ3が目を付けたのは比較的コンパクトな「ピックアップトラック(ライトトラック)」というカテゴリーでした。
ビッグ3たちは、それまでは農作業や土木工事のためのクルマという印象の強かったピックアップトラックに対し、現代的なスタイリングと乗用車並の機能装備を与えました。

こうして誕生したシボレー「ブレイザー(S-10)」やフォード「ブロンコ(3代目)」などは、「レジャーを楽しむためのクルマ」という意味で「スポーツ・ユーティリティ・ビークル(=SUV)」と名付けられ、当時のアメリカで爆発的なヒットを記録しました。
また、ピックアップトラックをベースとしたSUVはあくまで「商用車」という位置づけであったことから、乗用車のような厳しい環境規制が課されておらず、乗用車と比べて比較的低コストで生産することができるというメリットがありました。
さらに、アメリカには輸入ピックアップトラックに対する高額な関税、通称「チキンタックス」が存在しており、新規参入が事実上不可能な「聖域」でした。
ピックアップトラックによって息を吹き返すことができたビッグ3は、その後もピックアップトラックに依存し続けることとなります。
その結果、経済性に優れたコンパクトカーの開発から距離を置くことになり、また、日本をはじめとする海外市場への展開にもあまり積極的ではなくなってしまったというわけです。
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