VAGUE(ヴァーグ)

フィアット「500ev」に試乗して分かった「ワケもなく幸せになれるピュアEVの資質」とは

一般道で普通にクルマの流れに乗れる「500ev」の走りとは

 今回走らせることができたのは、プロトタイプで得ることができた知見を生かしつつ完成させた、プロダクション・モデルの第1号車だ。バッテリーをフロントに積み、イタリアのニュートロン社製EVコンヴァージョン・キットをリアに組み込むという基本的な構成はプロトタイプと同様だが、1バッテリーではなく2バッテリー仕様となってることが異なっている。また13kWだったモーターの出力が10kWとなっているので、モーターにも何かしら変更があったのだろう。

TFTメーターもオリジナルのコクピットに違和感なくフィットしている
TFTメーターもオリジナルのコクピットに違和感なくフィットしている

 実車を前にしてまず驚かされたのは、仕上がりのクオリティだ。徹底的に手が入れられたいわゆるフル・レストアがおこなわれているわけだが、その仕上がりクオリティの高さは目を見張るほど。まるで新車、である。

 そしてもっとも驚かされたのは、チンクエチェント博物館のアイデアに忠実に、イタリアで作られた様々なオプション群だ。“F”タイプ同様の単眼デザインのTFTメーター、スポーツ/エコの走行モード切り替えシステム、フロントシートの下にスピーカーを仕込んだBluetooth式デジタルオーディオシステム、キーレスエントリー&セキュリティシステム、イルミネーション付きのプッシュスイッチ、USBポートなどなど、かなり現代的なモノが用意されてる。

 このクルマはプロダクション・モデル第1号車なだけにデモカー的な役割をも担うわけで、フルオプションといえる仕様になっていたが、旧き佳き雰囲気を壊すことのないようデザインにしても取り付け方にしても最大限の配慮がなされていて、にも関わらずモダンな機能を享受できるのだから、何だかちょっと不思議な気分。嬉しくも楽しい違和感だ。

 もうひとつ、フロントのエンブレムの部分が開閉式となり、そこが充電口となっているのも新しい。こうして見ていくと、プロトタイプからずいぶん進化しているのだな、と感じられる。

 ちなみにオプション群について触れたついでにお伝えしておくと、この500evはベースとなる仕様はあるものの、基本的にはオーナーと相談しながら最終的な仕様を決めていくオートクチュールのようなもの。オプションのチョイスはもちろんだが、ボディカラーやインテリアの色と素材などの指定もできるし、右ハンドル、ロングサンルーフ、クローズドルーフなどの仕様を選ぶことができる。製作には技術・手間・時間を要するため、1年間に作り上げられるのは僅か10台ほどであるという。

 そんなわけで500evプロダクション・モデルは、現時点において日本にたった1台。ちょっと緊張しながら走り出してみると、やはりかなり力強い。13.5psというのは例えばガソリン・エンジンのフィアット500“F”、500“L”といったもっともポピュラーなチンクエチェントのエンジン18psよりアンダーパワーということになるが、それでも加速は圧倒的に500evの方が強力だ。

 僕は近頃、このVAGUEでそろそろスタートする企画のためにチンクエチェント博物館のメディアカーである「500L」を日常使いしているからよく判るのだが、信号からのスタートで他のクルマたちに引けを取るようなことはないし、交通の流れに乗り続けるために頭を使った運転をする必要もない。それどころかその気なら後続車を置き去りにできるくらい。

 500Lなら明らかに失速していく登り坂でも全く速度を落とすことなく駆け上がっていく。隣にだれかを乗せて“あれ? 遅いな”と感じることもない。モーターの最大トルクは公開されていないが、プロトタイプの160Nm、つまり16.32kgmと体感的にはさほど違いを感じない。多少は落ちていたとしても10kgmを割ることは絶対にないし、仮に10kgmだとしてもガソリン・エンジンの3.1kgmからすれば3倍以上のトルク。そのトルクがモーターならではの瞬間的といえる立ち上がりを見せるのだから、ハッキリと力強さを感じるわけだし、じれったさというものが微塵もなかったりするわけだ。

 しかも、同じチンクエチェントとは思えないくらい安定している。ガソリン・エンジンのチンクエチェントはリア・エンジン+リア駆動でフロントが軽いため、速度を上げれば挙げるほどフロントがチョロチョロと動いて落ち着かなくなっていくのだが、500evはバッテリーの重量がフロントをグッと押さえつけるせいか、それが全くない。クルマ全体がドシッと安定して、ちょっとした高級感すら感じられるほどなのだ。しかも車内に空冷エンジン特有のサウンドが満ちることはなく、見事な静けさ。声を張り上げなくても、助手席と普通に会話ができる。ここは大きな違いである。

 といって、チンクエチェントらしさがなくなってしまったわけでもないのだ。ステアリングをスッと切り込んだ瞬間からリア・タイヤまで反応を開始してクルマ全体で曲がっていくような、スタイリングからは想像もできないスポーティとすらいえる動きを楽しませてくれたりもする。そのあたりはチンクエチェント以外のなにものでもない。エンジン付きのチンクエチェントもたっぷりと楽しいけど、モーターで走るチンクエチェントに乗り換えても、やっぱり楽しかった。少しずつ楽しさの質が異なるところはあるけれど、得られる楽しさの量はどっちも負けてない。素直にそう感じてる。

搭載されるモーターは、13.5hp(10kW)で、航続距離が約100kmである
搭載されるモーターは、13.5hp(10kW)で、航続距離が約100kmである

●ワケもなく幸せな気分になるピュアEV

 ちなみに充電は電欠の状態から満充電にするまで、200Vでおよそ9時間。そして航続距離は約100km。これをどう考えるかで、この魅力的なピュアEVを楽しめるかどうかが決まると思う。

 もちろん自宅や自分の駐車場で充電できることが必要となるだろうし、これ1台で全てをこなすには、よほど走る距離の少ない人以外、ちょっとばかり無理があるとは思う。でも、2台目もしくは3台目として迎え入れるならどうだろう?

 ロングドライブには1台目のクルマに乗り、日常的な買い物だとか通勤といった街中での移動、あるいは別荘のガレージに置いて滞在中の付近のアシ、というような乗り方なら全く問題ないと思うのだ。それなら1日に100kmの距離を走ることなんて、ほとんどないはずなのだから。

 そこにだけ少し気を使ってあげられれば、500evは唯一無二の愛らしさで周りの誰もを笑顔にできる洒落たシティコミューターとして、現代のクルマとは比較にならない小ささがやたらと嬉しい暮らしの相棒として、あるいはチョイ乗りだけでも存分に楽しい趣味のクルマとして、いい味を出してくれると思うのだ。

 これまでの自動車とピュアEVは、できることは似てるけど、全く別の乗り物。ピュアEVは楽しい乗り物ではあるけど、クルマとしては万能性に欠けている。現時点において、それは紛れもない事実。ならば割り切るところはスッパリと割り切って、こうしたワケもなく幸せな気分にさせてくれるピュアEVを自分の暮らしに組み入れてみるっていうのが、とても素敵なことであるように感じられてくる。

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