セレブ御用達フィアット「500」は1000万円から! 籐で編まれたシートはどこで使うの?
現代に復活したドルチェ・ヴィータ、フィアット・ジョリーとは?
1950−60年代のイタリアでは「スピアッジャ(Spiaggia:デッキチェア)」というジャンルで呼ばれるクルマたちが少数生産されていた。
イタリア語のジャンル名が示すごとく、濡れた水着のままでも乗車できるようにラタン(籐)で編まれたデッキチェア状のシートを前後に配し、ルーフはいさぎよくカットオフ。ドアも取り去られた代わりに、まるでレストランやカフェのようなタッセル(飾り房)つきの布製サンシェードを掛けた、なんとも洒落たビーチカーである。

その代表格だったのが、フィアット「600」や「ヌォーヴァ500」などをベースに、イタリア・トリノのカロッツェリア「ギア」社が少量製作したビーチカー「Ghia Jolly(ギア・ジョリー)」。古き良き「ドルチェ・ヴィータ」時代を映すアイコニックなジョリーは、現行型のフィアット500がスピアッジャとして復活するにも、格好のモチーフとなったようだ。
今回は、RMサザビーズ社が開催した「OPEN ROADS, December」オークションに出品した、現行フィアット500をベースとする可愛いスピアッジャとそのオークション結果についてお伝えしよう。
●ケネディ元大統領夫人の再婚相手が最初にオーダー
「ギア・ジョリー」の歴史は、J.F.ケネディ元大統領夫人だったジャクリーンの再婚相手となったことでも知られるギリシャの海運王、名うてのプレイボーイでもあったアリストテレス・オナシスが、フィアット600をベースとするビーチカーの製作をカロッツェリア・ギアに依頼したことから始まったとされている。
その後、1958年から1966年まで約600−700台が生産されることになった「600ジョリー」。そして、より小さなヌォーヴァ500をベースとする「500ジョリー」は、モナコのレーニエ三世大公とグレース王妃夫妻、あるいはフィアット総帥のジャンニ・アニエッリなど、1950−60年代を代表するセレブレティたちがこぞって愛用していたことから、ヴァカンスにおける「ドルチェ・ヴィータ」の象徴として、大衆の憧れの的となっていた。
また、夏のヴァカンス(イタリアではヴァカンツァ)を人生でもっとも大切なものとみなしてきた南ヨーロッパのみならず、西海岸を中心とするアメリカでもけっこうな人気を博し、高級リゾートホテルやゴルフ場の送迎車としても使用されたという。
ところが1970年代に入ると、フォルクスワーゲン・ビートル(タイプ1)のボディを外してFRP製ボディを載せた「デューンバギー」などにお株を奪われてしまったこと、あるいはカロッツェリア・ギアが「デ・トマゾ」経由で米フォードの傘下に組み入れられてしまったことなどの理由から、ジョリーの製作は終焉を迎えてしまった。
しかし、2007年にフィアット500が大々的な復活を遂げたことで、イタリアではこの可愛さを生かしてジョリーを「復活」させようとする機運が高まり、老舗のブランドを継承した「カスターニャ」をはじめとする複数の改造車スペシャリストが、新時代の「スピアッジャ」に取り組んだという。
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