世界に1台のフェラーリは「道ならぬ関係」の女性へのプレゼントだった! サウジ王子がミケロッティに作らせた跳ね馬とは
激レアなフェラーリは日本人が関与していた
サウジアラビアの王子が夢見ていたクルマを現実のものとするために、ジョヴァンニ・ミケロッティの後継者エドガルド・ミケロッティ氏、そして長らくジョヴァンニのもとで修業した内田盾男氏が率いる「ストゥーディオ・ミケロッティ」社が総力を挙げて完成させたメーラSは、ゴージャスな1980年代様式デザインを象徴する1台であるにとどまらず、その時代としては先進的なテクノロジーも大胆に導入していた。

●日本人デザイナー渾身の一作がたどった数奇なストーリー
当時スイス・ジュネーヴを拠点としていたという王子は、このクルマをヨーロッパでの生活の足として使用したのち、母国である灼熱の砂漠地帯に持ち帰る可能性もあったことから、内田氏は彼自身が初めて製作総指揮を執った1971年のコンセプトカー「マトラ・ミケロッティ・レーザー」でも試験的に導入したキャビン内の換気システムを、より洗練させたかたちでボディデザインに盛り込むことにした。
また、同じく中東での使用を意識した熱対策として、シートやダッシュパネル/コンソールは高熱で表皮が溶けてしまうこともあるレザーではなく、英国シェットランド製ウール張りとされたほか、特別に開発したツインのエアコンディショナーも装備。ウインドスクリーンのみならずリヤウインドウにもシングル式のワイパーを設け、電動スライディングルーフも備えていた。
さらに製作された当初は、ルームミラーはリアビューカメラと助手席側に置かれたモニターに置き換え、ファブリック張りのダッシュボードには、現代でいえばスマートフォンほどの大きさと形状の透明なケース3つに、デジタル+アナログのメーターや警告灯を振り分けて配置するという、少々SF的なデザインとされていた。
こうして完成したメーラSの出来ばえを確認した王子は、とても満足げな様子で車両を引き取ったという。ところが、その納車からほどなくして、このクルマは王子の友人を介して売りに出されてしまう。その後このクルマの行方はしばし途絶え、一時期はヨーロッパ某国の麻薬王が所有していたとの説もあるようなのだが、今世紀に入ったのちは注文主の母国の周辺である中東諸国で過ごしていたとされている。
2010年11月、メーラSはフェラーリ公式のクラシック部門「フェラーリ・クラシケ」に入庫し、25万2100ユーロ(当時の為替レートで約3500万円)相当のレストレーションが施されることになった。この時にはエンジンがリビルドされるとともに、電装システムは新たに構築され、エキゾーストシステムも新品に交換された。
また、ボディカラーはミケロッティのオリジナルにもっとも近いペイントとして、フェラーリ純正の「ビアンコ・フジ(富士の白)」で再塗装されたのだが、その一方で1983年に製作された時にはベージュのウール張りとされていたインテリアは、アイボリーおよびピンクに近い色合いの赤のコンビカラーの本革レザーで仕立て直されることになった。
加えて、レトロフューチャー的なデジタル+アナログ混成メーターは、フェラーリ純正の400i用メーターを、新たに製作した赤い革張りのクラスターに収めるスタイルに変更。40年前のオリジナリティは失いながらも、よりエレガントな雰囲気が実現したともいえるようだ。
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