マツダ初代「ロードスター」に息づく“最新モデルにはない個性”とは? スポーティに走らせるには“技量と情熱と工夫”が必要!?【今こそ乗っておきたい名車たち】
“日常生活が名作スポーツカーとともにある”という快感
しかし、初代「ロードスター」であれば、今の私を邪魔するものは何もありません。

ボディははかなく、風の巻き込みは強く、そしてエンジンパワーは非力で、しかし後輪がすべりやすいクルマでもあるため、安全かつ快適に走らせたり、あるいはスポーティに走らせたりするためには、技量と情熱、または工夫が必要になります。
そういった“技量”、“情熱”、“工夫”のようなものは、現代のクルマが現代のクルマたらんとする際には邪魔になる要素ゆえ、昨今のクルマはそれらをなるべく必要としないように出来上がっています。
それはそれで素晴らしいことであり、賞賛にも値することです。しかし人間には、あるいは“スポーツカーを好む人間”には、それらを疎ましく思う瞬間が、時折あるものです。
そんな疎ましさという感情がもしもピークに達したならば、中古車市場を通じて初代「ロードスター」を手に入れるのが一番です。
もちろん、1960年代のMGや、あるいは戦前のクラシックカーであれば、より一層ピュアな“技量”、“情熱”、“工夫”が要求され、より一層のプレジャーを味わえるわけですが、それらはさすがに入手も維持も困難すぎます。
けれど、初代「ロードスター」であれば、200万円程度の予算にて、それらと本質的には大差ない歓びを得ることができ、なおかつ毎日フツーに乗り回すこともできるのです。
ちなみに私は数年前まで、初代「ロードスター」でコストコへと出かけ、巨大なトイレットペーパーを買って帰るタイプの日々を送っていましたが、あれは本当に素晴らしい体験でした。
「生活のささいな側面が、いちいち名作スポーツカーとともにある」というのは、筆舌に尽くし難いほどの快感です。フルノーマルの初代「ロードスター」を中古車として買える今のうちに、ぜひ皆さんにもそんな体験を味わっていただきたいと、心から願うのです。
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