少年たちは皆カウンタックに憧れた! 1970年代に起きた「スーパーカーブーム」ってなに? “カー消し”に“コーラの王冠”を覚えてる?
わずか3〜4年でブームは終了
この熱狂的な盛り上がりは、当時の世相とも見事にシンクロしていました。

政治の世界ではロッキード事件による田中角栄元首相の逮捕が世間を大きく揺るがし、芸能界ではピンク・レディーが「ペッパー警部」や「UFO」などのメガヒット曲を連発、キャンディーズが当時の後楽園球場での涙の解散コンサートで「普通の女の子に戻りたい」という歴史的名言を残しました。
映画界では劇場版アニメ『宇宙戦艦ヤマト』や横溝正史原作の『八つ墓村』が公開され、CMの「たたりじゃ〜」のフレーズが子供たちの間で流行語になりました。
スポーツ界ではアントニオ猪木VSモハメッド・アリの異種格闘技戦に日本中が湧き、巨人軍の王貞治選手がホームラン世界新記録となる765号を樹立。さらに富士スピードウェイでは、日本初となるF1グランプリが開催されるなど、まさに日本中が力強いエネルギーと独自の活気に満ちあふれていた時代だったのです。
しかし、ピークを迎えたこの空前の熱狂も、翌1978年以降になると急速に沈静化へと向かい、1981年の『サーキットの狼』の連載終了とともに、わずか3〜4年ほどでひとつの時代の幕を閉じました。
1950年代から60年代へと続いた高度経済成長ののち、二度のオイルショックによって足踏みを強いられた1970年代前半の日本でしたが、後半になるとそのショックを克服して再び経済が力強く自律的な成長へ。そして、のちのバブル景気の絶頂へと向かって加速していく狭間の時代に、まるで打ち上げ花火のように一瞬の強烈な輝きを放ったのがスーパーカーブームでした。
この熱い体験は、現代のシニア世代の原体験として、そして日本の自動車愛好家たちのマインドの原点として、いまも色褪せることなく語り継がれています。
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