「速さ」を競わないV12のGTカー! “優雅に時を過ごす”ために贅を極めたジャガー「XJ-S」はロマンを求める人にこそおすすめ【今こそ乗っておきたい名車たち】
名車「Eタイプ」の後継はなぜ速さより優雅さを選んだ?
電動化だのBEV(電気自動車)だの、あるいは「やっぱりSUVでしょう」だのと騒がしい世の中ですが、そんな時代だからこそ、われわれ大人の男が猛烈に惹かれてしまう1台のグランドツアラーがあります。そのモデルこそ、かつて英国で愛されたジャガー「XJ-S」です。
最新のBEVがどれほど驚異的な加速を見せようとも、最新世代の人気SUVがどれほどの存在感を街で見せつけようとも、決して手に入れられないものがあります。それは、まるで熟成されたボルドーワインのように芳醇で、少しだけ退廃的な空気感。そしてその象徴ともいえるのが、今回ご紹介するジャガー「XJ-S」なのです。
ジャガー「XJ-S」が産声を上げたのは1975年。伝説の名車「Eタイプ」の後継として期待を背負っての登場でした。当初はその奇妙な“フライング・バットレス(Cピラーから後方に伸びるヒレのような造形)”や、「Eタイプ」とは異なるラグジュアリーな設えに、保守的なファンからは懐疑的な目も向けられたようでした。
けれど、改良を重ねながら1996年まで21年間にわたって生産され、ジャガーを代表するGTへと熟成していきました。
心臓部に鎮座するのは、ジャガーの至宝である5.3リッター(後に6リッター)のV12あるいは、堅実かつ味わい深い直列6気筒。全長4.8mを超えるロングノーズ/ショートデッキのプロポーションは、現代のどのクルマにも似ていないように思えます。それは速さのためではなく、優雅に時を過ごすために設計された贅の極みなのでしょう。

ジャガー「XJ-S」の魅力をひと言でいうのであれば「不完全さが生む官能」です。
まずはその乗り心地。“猫足”という有名な形容詞がありますが、「XJ-S」の足まわりがもたらす感触は、まさに路面の凹凸をベルベットの布で覆い隠すかのよう。ガチガチに固められた足でタイムを競うのではなく、高速道路の継ぎ目などを、溜息が出るほど軽やかに、そしてしなやかに受け流すために生まれた足まわりなのです。
そしてインテリア。ドアを開ければ、そこには使い古された英国のクラブハウスのような香りが漂っています。特に熟成が進んだ後年型は、贅沢に張られたコノリーレザーと温かみのあるウッドパネルが特徴。プラスチックの質感に支配された現代のコックピットとは流れている時間の密度が違うといったら、やや情緒的にすぎるでしょうか。
そして、V12ユニットの回転を高めるべくアクセルペダルを深く踏み込めば、もちろん怒涛の加速が始まるわけですが、それは決して「爆発的なパワー!」というニュアンスではなく、己の背中を巨大な掌で優しく、けれど力強く押し続けられるような感覚です。
ジャガー「XJ-S」を運転していると、不思議と急ぐことが馬鹿らしく思えてきます。追い越し車線を猛スピードで駆け抜ける昨今のプレミアムSUVを尻目に、左車線を悠々と流す。その姿こそが美しいと、自然と感じられてくるクーペなのです。
●専門ショップもパーツも残る今がラストチャンスか
そんなジャガー「XJ-S」の中古車流通状況は、2026年現在、絶滅危惧種から文化遺産へとフェーズが移行しています。
数年前までなら200万円台で見つけられた車両も、今や良質なV12モデルともなれば400万円から800万円といったところ。コンディション次第では1000万円を超えるケースもなくはありません。
ここで警告しておかなければならないのは、安易に格安物件に飛びつくことの危険性です。
ジャガーのV12エンジンは、メンテナンスを怠れば牙をむいてきます。しかし、国内には専門ショップが意外と多く存在し、クラシックパーツの供給も(価格は別として)まだ途絶えてはいない模様。今この瞬間が、この“絶滅寸前の伊達なクーペ”をわが物にできる最後のチャンスに近いのかもしれないのです。
ジャガー「XJ-S」を買うということは、決して合理的な選択ではありません。燃費は悪く、税金は高く、いつ機嫌を損ねるか分かったものではない。それを所有することは、多くの人間にとって“苦行”にしか見えないことでしょう。

しかし、人生には無駄が必要です。効率ばかりを追い求めて、一体何が残るというのでしょうか。いや、効率が重要なことももちろん分かりますが、そこだけを追い求めた人生に、いかほどの意味と価値があるかと問われれば、答えは微妙なものとなるでしょう。
長く低いボンネット越しに、陽光を浴びながらステアリングを握る。そして重厚なドアを閉めた瞬間に訪れる、静寂と革の香りを感じる。それは現代社会という砂漠の中で見つけた一種の“オアシス”であり、オアシスには、そこそこの苦労をしてでもたどり着いてみるべきだと思うのです。
もちろん、それは万人に薦められるものではなく、ロマンを求める一部の人間に限定して薦めるものではあるのですが……。
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