7年ぶりの新型登場で話題沸騰! 三菱「パジェロ」復活はなぜこんなに注目される? パジェロの名を世界に知らしめた“パリダカ”ってなに?
パジェロの人気は「ダカール・ラリー」によって形成された?
インターネット上では、およそ7年ぶりの国内販売復活となった新型パジェロに対する歓喜の声が多く見られます。
新型パジェロがこれほどまでに多くの注目を集めているのは、歴代のパジェロがモータースポーツで積み重ねてきた輝かしい実績と無関係ではありません。
なかでも、「世界一過酷なモータースポーツ」と呼ばれるダカール・ラリーでの活躍は、パジェロの名を世界に知らしめることとなりました。
ダカール・ラリーは、元々フランスの首都パリをスタートし、セネガルの首都ダカールでゴールするという形で主にアフリカ大陸で競技が行われ、パリ・ダカール・ラリー(日本での略称「パリダカ」)の名称で親しまれていました。
いまでこそ本格派オフローダーの代表格となっているパジェロですが、乗用車と同等の快適性を備えていたことから、1982年の発売当初には「軟弱」と評する声もあったといいます。
パジェロの海外展開を考えていた三菱は、そうしたイメージを打ち破るためにダカール・ラリーへの参戦を決意します。

初参戦から3年目にあたる1985年、パジェロは日本車としては初の総合優勝を飾ります。
その後は欧州勢が圧倒的なパワーとスピードをもつ「グループB」のモンスターマシンを投入してきたことでパジェロは苦戦を強いられてしまいますが、1992年と1993年には2年連続での総合優勝を記録します。
そして1997年には、篠塚健次郎選手が日本人ドライバーとして初の総合優勝を獲得したほか、2位と3位もパジェロが独占するなど、圧倒的な強さを見せつけます。
さらに、2001年から7年連続で総合優勝を飾り、その間2002年と2003年は増岡浩選手による日本人初の2連覇も記録しています。
最終的に、パジェロは26年間で通算12回の総合優勝を獲得しています。この数字は史上最多であり、いまなお破られていない不滅の大記録となっています。
こうした輝かしい戦績が、グローバルにおけるパジェロのイメージアップにつながったことは言うまでもありません。
そして、そのパジェロが復活するということとなれば、大きな注目を集めるのは当然のことというわけです。
※ ※ ※
三菱のワークスチームは、2009年をもってダカール・ラリーから撤退して以降、現在まで復帰を果たしていません。
新型パジェロの登場を機に、ダカール・ラリーへの電撃復帰がおこなわれるのかにも注目が集まります。
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