なぜ「センチュリー」は“1台の最高級車”からトヨタのハイエンドブランドへと進化するのか? 「One of One」が示す次の100年とは
豊田章男氏が“マスターパッセンジャー”になった意味
トヨタのクルマづくりにおいて、豊田章男氏は“マスタードライバー”として最終的な評価を担ってきました。しかし「センチュリー」では、自らを“マスターパッセンジャー”と呼んでいます。トヨタのラインナップの中でも、章男氏が自らステアリングを握るのではなく、後席乗員として最終評価するという点で異例の存在です。
ステアリングを握って限界性能や操縦性を評価するのではなく、後席に座り、乗り心地や静粛性を確認する。さらにドアの開き方や、クルマから降り立ったときに乗員がどう見えるかまで含めて、「後席に座る人にとって完璧かどうか」を評価したのです。
そこには、「センチュリー」を単なる最高級車として守り続けるだけでは未来につながらないという、章男氏の危機感もありました。
クラウンでは「維新」、カローラでは「リブランディング」、ランドクルーザー250では「原点回帰」。長く続いてきた車種だからこそ、その役割を時代に合わせて問い直さなければならないという考え方です。
章男氏は、次のように語っています。
「企業が大きくなると、市場があるところにクルマを出しがちですが、それだけではロングセラーも終わってしまいます。それぞれのクルマの役目を明確にし、“群”として戦うのが今のトヨタの戦い方です」
そして「センチュリー」については、
「『センチュリー』で挑戦する人なんて誰もいない……最初は僕も挑戦できないと思っていました。しかし“トップ・オブ・トヨタ”であるこのクルマをリブランディングし、プロモートしなければ未来はないと思いました」
とも語っています。
「センチュリー」にとって、新しいモデルの発売はゴールではありません。むしろ、従来のセダンだけでは満たせなくなった移動ニーズに応える、新しいショーファーカーを提示したことが、次の「センチュリー」を考えるスタート地点になったのです。
●センチュリーはなぜ“1台の車種”からブランドへ変わるのか?
筆者(山本シンヤ)は、クルマにも人と同じように“生き様”があると考えています。では、“「センチュリー」の生き様”とは何なのでしょうか?
そのヒントとなったのが「ジャパンモビリティショー2025」で章男氏が示した「センチュリー」の新しい姿でした。

流行に合わせて周囲と同じものをつくるのではなく、“同じでないこと”を貫く。人の手によって磨き上げてきた伝統の職人ワザと、新しい時代を切り開く先進技術をひとつにする。そして、クルマそのものが威張るのではなく、乗る人の品格を静かに引き立て、その人を支えるショーファーにも敬意を払う。
そして何より、人と人との想いをつなぐという、愚直なまでの「誰かのために」という温かな情熱が、その根底にあります。
かつてゼロからの復興を信じた人々の夢を乗せ、1967年の誕生以来、50年以上にわたり日本の最高峰ショーファーカーとして歴史を刻んできた「センチュリー」。時が経ち、姿・形を変えようとも、その背中に宿る「日本の心」と「平和への祈り」が揺らぐことは決してありません。
そうした価値を次の時代へ受け継ぐために、現在、「センチュリー」はひとつの車種という枠から飛び出し、トヨタやレクサスとは異なる新たなハイエンドブランドとして歩み始めています。その思想を象徴する言葉として掲げられたのが“One of One”です。
そのブランド表現にも変化が表れています。
クルマそのものに掲げられる鳳凰エンブレムも、今回の車体に合わせて型から彫り直され、従来とは異なるモダンなシルバー調に仕上げられました。自らの過去すら超えて解き放たれた「センチュリー」の象徴である鳳凰は、“復活の炎”を思わせる鮮烈なオレンジの輝きをまとい、従来の最高級車という枠を飛び出して、次なるステージへと走り始めています。
目指すのは、1台ですべての用途をまかなう「センチュリー」ではありません。乗る人が、その日の目的や場面に応じて「センチュリー」を“着こなす”という考え方です。
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