せっかくの改良案が「一発でボツ」の衝撃! トヨタ「クラウン」はなぜセダンの常識を破って「4つのモデル」へと生まれ変わったのか
“一発ボツ”から始まった大改革! 開発陣が見いだした「クラウン」の本質
章男氏が開発陣に求めたのは、単なるマイナーチェンジによる手直しではありませんでした。
「マイナーチェンジを飛ばしてもいい、もっと本気で考えてみてほしい。このままでは『クラウン』は終わってしまう」
すべての世代の「クラウン」を肌で知り、かつて雪山へ向かう相棒としてワゴンに思い出を刻み、誰よりも「クラウン」を愛してきた章男氏だからこそ、無難な手直しでお茶を濁し、名門の命がすり減っていくのを黙って見過ごすことなど絶対に許せなかったのでしょう。
「ボツになり、じゃあどうするのか?」
突き落とされた開発陣の胸にあったのは絶望ではなく、「今のままでいいのか」とくすぶっていた自分たちの甘えを見透かされたことへの恥じらいと、ゼロからすべてを壊せることへの奇妙な高揚感でした。
皿田氏たちは初代「クラウン」が生まれた現場の精神を学び直しました。
そこで浮き彫りになったのは、歴代の先達が遺した本質とは、セダンやFRといった形式の維持などではなく、その時代に一番いいと信じるものを、血のにじむような試行錯誤の末に形にしてきた“パッションと挑戦”そのものだったという事実です。
過去の遺産を食いつぶすだけの保守的な看板など、「クラウン」の誇りではない……開発チームはセダンという枠組み、FRの縛り、全幅1800mmという国内専用の掟をすべて脱ぎ捨てる覚悟を決めました。
「クーペのように優美で、乗り降りがしやすく見晴らしがよく、次代の電動化にも応えるクルマ」
セダンの殻を破った瞬間に湧き上がった奔放な情熱が、セダンとSUVを融合させた現行モデルの第1弾「クラウン・クロスオーバー」を結実させたのです。
●FRへのこだわりをどう乗り越えた? 4つの「クラウン」誕生までの舞台裏
しかし、社内の常識を根底から覆すこの大改革は、凄まじい逆風と軋轢を生みました。なかでも最大の障壁となったのが、「クラウン」の走りを長年支え続けてきた人たちでした。
「この質感はFRじゃないと無理ですよ。ちょっと考え直した方がいいんじゃないですか」
彼らは痛烈にそう訴え出ました。

長年、「クラウン」のFRの乗り味を身体に染み込ませてきた匠にとって、FFベースの4WDへの移行は、まさに「クラウン」のアイデンティティの否定にほかならなかったからです。
その絶対的な壁に対し、チーフエンジニアの皿田氏は逃げませんでした。
横置きFFベースの電動4WD構想を急ぎ形にした先行試作車を仕立てると、自らトヨタ自動車の東富士研究所へ乗り込み、「ちょっとだけつき合ってほしい」と現場で直接、対峙したのです。
ステアリングを握り、理屈を超えた走りの可能性を肌で感じ取った評価ドライバーの口から出た言葉は「……これならいけるかもね」でした。
ここから、チームの戦いは“クルマ屋目線のワンチーム”へと加速していきました。
「中途半端なものを後工程に送らない」という従来の石橋をたたくような手順を捨て、TNGAの利点を活かして未完成の段階から次のステップへどんどんリリース。各部署のメンバーが製品企画を兼務して「ここがヤバいから助けてくれ」と本音で泥臭く支え合う、アジャイルな開発体制へと舵を切ったのです。
さらに開発初期には、匠や開発陣だけでなく、部品メーカーの仕入先にまで完成デザインを公開。
「細かい指示書の文字面ではなく、このたたずまいに見合った走りと質感を全員で目指そう」と行間を共有しました。
単に速く走るだけでなく、人間がどう動けば気持ちいいと感じるのかを、トヨタ中央研究所の研究員たちとともに医学的・心理学的な見地から追求。
システムの介在を悟らせず、誰もが思わず「運転しやすいね」とつぶやいてしまうような、理屈抜きの走りを泥臭く形にしていったのです。
この熱気の中で「クラウン・クロスオーバー」の造形が見えてきた頃、章男氏がチームにある提案をします。「セダンも考えてみないか?」と。
それは「セダンの呪縛が解けた今だからこそ、新しい発想でセダンをつくれ」という問いかけでした。
中嶋氏が、FR素性の極致である「MIRAI」ベースのセダンを即断すると、「ならば一人ひとりのユーザーが求める『クラウン』をすべて創ろう」と、「スポーツ」と「エステート」の構想が一気に噴き出しました。
かつて用途に合わせてセダン、ハードトップ、ワゴン、バンをそろえていた歴史や、章男氏自身がワゴンを相棒に雪山へ通っていた原体験を思えば、4つのボディバリエーション展開は奇をてらった思いつきなどではなく、「クラウン」本来の多様性に対する“原点回帰”でもあったのです。

出来上がった4台の姿を見て、章男氏は「ちょっと調子に乗りすぎていない? でも、これは面白いね」と破顔。自らステアリングを握り、乗り降りのしやすさやドライビングポジションに「ユーザーフレンドリーだね」とうなづき、走り出した瞬間に「高級車だと感じる」、そして最後には「『クラウン』だね」と笑顔で太鼓判を押しました。
* * *
かつてのように、企業側がひとつの正解を押しつける“トヨタのフラッグシップ”を脱ぎ捨て、乗り手それぞれの人生に寄り添う“あなたのフラッグシップ”へ……それは「クラウン」が自らの権威を捨て、再び人々の相棒として生き直す決意を固めた瞬間でした。
こうして誕生した4つの「クラウン」には、それぞれ異なる役割と走りの個性が与えられています。後編では、その違いと16代目が目指す未来を掘り下げます。
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