豊田章男氏はなぜチーム体制を一新した? 6年ぶりに挑む「ニュル24時間」からトヨタの「もっといいクルマづくり」が加速する理由とは【Behind the Product #26】
現場の人間が主体となって挑んだ「ニュル24時間」
6年ぶりとなる「ニュルブルクリンク24時間耐久レース」への挑戦……。2025年6月19日から22日の本戦に先駆け、トヨタ陣営はテストを兼ねて「ニュルブルクリンク耐久シリーズ」の第2戦(4時間レース)に参戦しました。

8速ATを搭載する「GRヤリス」のGR-DAT仕様(SP2Tクラス)と「GRスープラGT4 EVO」(SP8Tクラス)の2台は、大きなトラブルに遭遇することなく見事に完走。さまざまなデータを獲得できたといいます。
レース後、「GRヤリス」GR-DAT仕様で参戦したモリゾウことトヨタ自動車会長の豊田章男氏は、「これを機に、われわれの『もっといいクルマづくり』は新たなスタートを切る」と語りました。なぜ“新たなスタート”なのか? その裏側について深掘りしてみたいと思います。
まずはその前に、「ニュル24時間」とトヨタの歴史を振り返ることにしましょう。
2007年に、豊田氏と当時、トヨタ自動車のマスタードライバーであった故・成瀬弘氏が立ち上げた“元祖”GR(GAZOO Racing)が「ニュル24時間」に初参戦。その目的は「人とクルマを鍛え、もっといいクルマづくりにつなげること」であり、究極の人材育成を目指しての挑戦でした。
当初は“孤独の戦い”を強いられたものの、その活動は徐々に社内外で理解され、支持者が増えていきました。そして、参戦10年目となる2016年には、初めてトヨタの名を冠したチームで参戦。マシンには将来へ向けた先行技術が多数投入されるようになりました。
とはいえ、参戦目的は初参戦当時からブレてはいなかったものの、年を重ねるごとにチームの規模はよくも悪くも肥大化。その中で、当初の趣旨とは異なる方向に進もうとする流れが生じていたのも事実です。
そんな状況を踏まえ、今回の「ニュル24時間」参戦は“原点回帰”がテーマなのだとか。その理由を豊田氏は次のように話します。
「レースというと、すぐに結果を求めたがる人がいますが、私はそこに至るまでのプロセスが重要だと考えます。
つまり、この活動はレースに勝つことがゴールなのではなく、『もっといいクルマづくり』のスタート地点であることが最も重要だということです。これを理解できないと挑戦する価値はありません。
しかし、長く続けていく中で、残念ながら『ちょっと違うよね?』といった反省もありました。だから今こそ、原点に戻るべきだと考えたのです」
これにより、チーム体制は一新されました。従来はTGR(TOYOTA GAZOO Racing)として参戦していましたが、今回はRR(ROOKIE Racing)が合体。TGRR(TOYOTA GAZOO Rookie Racing)として参戦することになったのです。
ちなみに、今回「ニュル耐久」に参戦した2台のマシンは、「GRヤリス」が109、「GRスープラ」は110というカーナンバーを掲げていました。これらは2007年の初参戦時、2台の「アルテッツァ」がつけていたものと同じ。ここにも原点回帰の意味が込められていたのです。
また109号車には、「MORIZO」の横に「H.NARUSE」のネームステッカーが。さらにピットには、赤いレーシングスーツを身にまとった“いつもの”成瀬氏の写真、ピット2階のTGRRラウンジには、成瀬氏のために仕立てられたTGRRのレーシングスーツが飾られていました。そう、チームは今も、成瀬氏といっしょに戦っているのです!
TGRとRRのコラボといえば、日本のスーパー耐久シリーズ・ST-Qクラスに参戦する“水素「GRカローラ」”や「GR86」を思い出しますが、これまでの関係はあくまで、RRがTGRに開発を委託する、という関係でした。
それに対し、今年の「ニュル24時間」に挑戦するTGRRは、その枠を取り払い、より一体化した体制になったといえます。トヨタのエンジニアや凄腕技能養成部、そしてRRのプロフェッショナルによる三位一体での挑戦……まさに“役職”ではなく“役割”を担うべく結成された集団といえるでしょう。
チームの黎明期から活動に携わってきた関谷利之氏は、「当初、われわれのニュルでの活動は、現場の人間が主体となったものでした。これは成瀬さんの『エンジニアを育てるためには、まず現場の人間が育たないとダメ』という考えによるものです」と、当時を振り返ります。
「われわれは“一品モノ”の試作車ではいいクルマをつくることはできますが、それを量産化するのはエンジニアじゃなければできません。ですから、まずは現場の人を鍛え、われわれがエンジニアを育てるという流れができたのです。
さらに、そこへレースのプロが加わることにより、新たな“気づき”や“イノベーション”が生まれてくるはずです」(関谷氏)
筆者(山本シンヤ)はこの話を聞きながら、とあるエピソードを思い出しました。
「『アルテッツァ』を開発していたとき、試作車の段階では本当にスゴいクルマができていたのに、量産車になったらそのときの乗り味がなくなっていて……。
あまりにくやしかったので、試作車の乗り味を再現してほしいとTRD(トヨタレーシングデベロップメント/現TCD<トヨタカスタマイジング&ディベロップメント>)に託し、アフターパーツ(TRD「Sportivoサスペンションキット」)を販売してもらいました。
クルマづくりは、みんなが同じ方向を向いて進めなければダメなんです。そこまでやらないと、本当にわれわれが目指す走りは実現できないのです」
生前、成瀬氏は、このような出来事があったことを教えてくれたのです。
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