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“80点主義”は「退屈な優等生」の意味ではない!? トヨタ「カローラ」60年の歴史に隠された数々の挑戦とは?

初代から現行モデルの12代目まで! 「カローラ」が歩んできた60年の歴史

 クルマには、人と同じように“生き様”があります。

 2026年11月1日、愛知県豊田市にあるトヨタ自動車の堤工場において、「カローラ誕生60周年記念イベント」が開催されました。

 歴代の開発責任者や生産現場を支える工場の人々、全国の販売店、そして何世代にもわたって「カローラ」を愛し続けてきたユーザーが一堂に会した会場には、温かくも熱い空気が満ちていました。

 1966年に初代が誕生して以来、累計販売台数は5800万台を突破。現在では150か国以上で人々の暮らしを支えるなど、世界屈指のベストセラーカーとなっています。

 式典で語られた「お客さまのど真ん中にあり続けるクルマ」という言葉どおり、「カローラ」は日本の、そして世界のモータリゼーションを支えてきました。

 しかし筆者(山本シンヤ)は、声を大にしていいたいと思います。

「カローラ」が歩んできた60年を、単なる“優等生の大衆車が築いた平坦なサクセスストーリー”として片づけるのは間違いだということです。

 歴史を読み解くカギは、“大衆の良品廉価”という宿命ゆえに貼られた“80点主義”というレッテルとの闘い、そして、一度は失いかけた走りの情熱を取り戻すまでのドラマにあります。

 まずは初代から現行型までの歩みを振り返ってみましょう。

「カローラ」の原点を語る上で、忘れてはならない1台があります。それは、「カローラ」の前身であり、トヨタが初めて本格的な国民車を目指して挑んだ「パブリカ」です。

 質実剛健で意欲的な挑戦作だった「パブリカ」ですが、当時の急速な所得向上と高速道路時代の幕開けを前に、ユーザーが求めた“少し上の豊かさ”や“誇り”に対して実用一点張りすぎた面があり、販売面では苦杯をなめました。

 その経験を糧に、初代「カローラ」の主査である長谷川龍雄氏が「『パブリカ』の上の新しい大衆車」として生み出したのが、1966年の初代「カローラ」(E10型)でした。

 ライバルの日産「サニー」(1000cc)に対し、“プラス100ccの余裕”を掲げた1100ccエンジン、当時の大衆車では珍しかった4速フロアシフトMT、国産乗用車初のマクファーソンストラット式フロントサスペンション……単に安いだけの道具ではなく、手の届く価格でありながら“所有する誇り”と“遠くまで快適に走れる余裕”を兼ね備えた初代は、瞬く間に日本中を席巻しました。

初代から現行型まで、「カローラ」60年の歩みを振り返る
初代から現行型まで、「カローラ」60年の歩みを振り返る

 長谷川氏は当時、「地球人の幸福と福祉のためのカローラを」という高い志を色紙に残しています。

 続く1970年の2代目(E20型)では、流麗なスタイリングとともに、名機“2T-G”型DOHCエンジンを積むスポーツモデル「カローラ レビン」が誕生。実用車と走りの情熱を両立させる道筋をつけました。

 1974年の3代目(E30〜E60型)は、厳しい排ガス規制に“TTC(トヨタ・トータル・クリーン・システム)”で対応。1979年の4代目(E70型)では直線基調の端正なデザインを採用し、FR大衆車として高い完成度を誇りました。

 そして、1983年の5代目(E80型)では、セダン系をFFへ大転換させつつ、走りのファンのためにクーペだけはFRを残し、今なお世界中で愛される“AE86(ハチロク)”を生み出します。

 バブル絶頂期の1987年に登場した6代目(E90型)は、主力の1.5リッターエンジンにもDOHCを採用。クラスを超えた質感と相まって、1990年には年間30万台超という国内最多販売記録を打ち立てました。

 さらに1991年の7代目(E100型)は、“ミニクラウン”と呼ばれるほど贅沢に仕立てられましたが、バブル崩壊後の1995年の8代目(E110型)ではコストダウンを強いられることに……。

 しかし、2000年の9代目(E120型)でプラットフォームを一新し、近代化を果たします。

 2006年の10代目(E140型)と2012年の11代目(E160型)では、日本専用のナローボディ「アクシオ/フィールダー」を仕立て、高齢化する国内ユーザーの使い勝手と5ナンバー枠を守り抜きました。

 そして2018年、現行型となる12代目(E210型)が登場します。

 5ドアハッチバックの「カローラ スポーツ」を皮切りに、トヨタのクルマづくりの構造改革“TNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)”に基づく“GA-Cプラットフォーム”を採用し、グローバル共通の走りの骨格を獲得。セダンやツーリングも3ナンバー化を恐れず、走りとデザインを大きく刷新しました。

 2021年にはコンパクトSUVの「カローラ クロス」、2022年にはモリゾウこと豊田章男氏の情熱が詰まった「GRカローラ」まで誕生しています。

●“80点主義”は退屈なクルマの意味ではなかった

「カローラ」を語る際、長年にわたってつきまとってきた言葉が“80点主義”です。

 いつしか世間では“どれもそこそこ、欠点はないが面白みもない無難なクルマ”という、退屈な優等生を揶揄する言葉として使われるようになってしまいました。

2018年登場の「カローラ スポーツ」。12代目の先陣を切った
2018年登場の「カローラ スポーツ」。12代目の先陣を切った

 しかし、長谷川龍雄氏が意図した本来の意味は異なります。

 長谷川氏が掲げたのは、すべての項目で80点以上を満たしながら、さらに90点、100点に相当する突出した魅力を“プラスα”として加えるという思想でした。極めて厳格で、挑戦的なエンジニアリング思想だったのです。

 ところが、絶対に失敗が許されない巨大看板になればなるほど、トヨタ社内では“失敗しないこと”、“既存の顧客を裏切らないこと”が優先されるようになっていきました。

 気づけば、尖った個性はそぎ落とされ、言葉どおりの“無難な80点”を並べただけのクルマになってしまった時期もありました。

 結果、2000年代以降の「カローラ」は、「信頼はできるが、自分では乗りたくない」、「おじいちゃんのセダン」、「営業用の白いセダン」といったイメージに縛られ、若者やクルマ好きからは視界の外へと追いやられてしまったのです。

 さらに深刻だったのが、グローバル展開における“細分化の罠”でした。

 9代目までは仕向地ごとのつくり分けこそあっても、プラットフォームの基本はグローバルで1スペックでした。

 ところが、10代目で日本向けと海外向けが分かれ、11代目に至っては北米向けが“旧MCプラットフォーム”、欧州向けが“新MCプラットフォーム”、そして日本向けは「ヴィッツ」ファミリーと同じ小型車用の“Bプラットフォーム”を採用。ひとつの車種に3つもの異なる骨格が混在する事態に陥ったのです。

 仕向地ごとの最適化は、一見すると親切に思えます。しかし、バリエーションが増えたことで開発費はふくらみ、世代交代が一巡するまでに2年以上を要するなど、効率は悪化しました。

 限られたマンパワーが分散した結果、走りの質感やクルマとしての完成度も中途半端になり、かつてのような求心力を失っていきました。

“日本の既存ユーザーを守るため”という名目で5ナンバーサイズに固執し、世界水準の進化から取り残される一方、国内ユーザーの平均年齢は年々上昇。

“扱いやすい”、“燃費がいい”という機能価値ばかりが強調され、走りの情熱など語るべくもない……。

 かつての勢いを失った「カローラ」は、大きな転換点を迎えていたのです。

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